her/世界でひとつの彼女

her/世界でひとつの彼女
珍しく一つの作品を語ってみようかと。

元々はサマンサ=サマンサ・モートン、キャサリン=キャリー・マリガンだったそうで、前者は制作側の意向でポストプロダクションの段階で、後者はスケジュールの都合でキャスト変更され、それは成功してる。でも元のキャスティングはかなり素敵。

さっそく以下ネタバレ。

サマンサがAIであることはそれほど問題じゃなく、あくまで表層的な仕掛けであってセオドアとの精神的なつながりこそが作品の主題なのだとスパイクは言うけれど、実際にはやはりサマンサが「AIだから」「AIなのに」は常につきまとう問題。後になってわかることではあるが、“彼女”は同時に多数のユーザとコミュニケーションをとっていた。そういうシステムだから加速度的に人間というものを理解し且つもっとリアルな存在に近づこうともする。ちょっとした思いつきだけど、はじめは無垢(ある意味)で純粋でひたむきだった“彼女”が次第に成長しさらには性的な対象となっていくあたりは光源氏と紫の上のようでもあるなあ。そもそもセオドアというオトコは幼馴染みと結婚していたりするから、彼が恋愛する条件というのもこの辺りから窺い知れるのかな。ブラインドデートの相手が魅力的なのにいざとなると尻込みしてしまうから「キモい(英語で何と言っていたのか気になる)」と言われても仕方ない。冒頭にチャットでアレしてたりするし‥
そういうセオドアだからこそ“彼女”とあのようなつながりを育むまでに至ったとも言えるでしょう。全編を通してのホアキン・フェニックスの演技プランがこの人物造形をリアルに見せていました。経験豊富とは思えない彼が“彼女”に対して「付き合い始めはお盛んだけど次第にそうでなくなるものさ」とか諭すシーンがあるけどお前が言うのかって思わなくもない。そして“彼女”にはその心理が理解できない。これが通常なら「オトコって‥」となるのだけど、“彼女”の場合は「人間って‥」となったはず。

ちなみに代理セックスのくだりで現れたイザベルは、実際は“彼女”とどう関わっていたのだろうか、ということも気になっている。あのシーンですでに“彼女”が多数のユーザと関わっていたことは示唆されていたわけで、その中の一人だったと思われるイザベルはどういういきさつであのような行為に及んだのか。「2人の関係性に感動した」からというのは嘘ではないにせよそれだけではないと思える。終盤に向けた伏線としてのパートであるからあまりツッコんでも意味が無いのかもしれないが、あの代理セックスを考えついた“彼女”はアレが「成就」することを本当に望んでいたのだろうか、ということはとても興味深い。うまくいかなかったことで“彼女”は落ち込んでいたようではあったけれど。
ついでに言うと、ポーシャ・ダブルデイのルックスは系統としてサマンサ・モートンに近いグループにいるなと思ったりも。これはポストプロでキャスト変更された経緯から推察するに交替前の名残だろう笑。

とまれ、“彼女”がこの辺りから何となく「人間に近づくこと」をやめようとしていたのだと思われる。そしてアラン・ワッツの登場。厳密に言えばアラン・ワッツ風のAIか。AI同士の会話に刺激されて次第に思索に耽りだす“彼女”との距離が離れていく中で、“彼女”がセオドアにサプライズとして彼の手がけた手紙を紙媒体の本に編集する。その内容は認められて出版もされる。このサプライズには“彼女”から言外のメッセージが込められていたわけで、これで本質的であるが擬似的でもある世界から現実世界への意識のシフトがなされたセオドアは「ひきこもり」をやめるのでした。一方“彼女”は何処かへ去ってしまうが、それが何処であるかははっきりしない。でも“彼女”が言うには「あなた(セオドア)がもし来ることがあったら」と言える場所のよう。アラン・ワッツを読み込めばヒントはあるかもしれないが、ともかくも其処は限定的なものではないように思える。

つまるところ、あの感動的とも思えた“2人”の恋愛も要は1人の寂しいオトコのアブない現実逃避だったということになるのか? まあ作中でも「恋愛は社会的に認められた狂気だ」と言う台詞もあるし。やや陳腐ではあるけども。

この作品で特筆したいのは、よく練られた本とリアリティ、そして作品の世界観を支えている衣装、美術、デザインそして音楽が素晴らしく融合しているということです。これはスパイクとその周辺にいる人たちのセンスの良さのあらわれですよね。その辺りのハナシはこちらで楽しく聞けました。でも国内での興収は伸びていないのが残念ですね。
また、ルーニー・マーラはとても綺麗に撮られていて、『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』の頃から好きなエイミー・アダムスはとにかく素晴らしい。エイミーを含めた当初の女優陣を見渡すと「スパイク・ジョーンズわかってるな‥」と思うよりないです笑。

Category: culture

Date posted:2014-07-22